かに座の護る力(兆)

  • 2017.08.20 Sunday
  • 19:00

 

6月24日生まれ。

私の身近には、この日に生まれた人が4人いる。父と父の妹、母の姉、母の美容師の師匠である。

#祖母と、父の妹と私は、「同じDNAだわー」とよく言われる。でも、祖母と叔母は、いわゆる見える系の人なので、そこは似なかったなっと;

 

かに座初期度数の4人衆には、ルーラーが月らしく、それぞれホロっとするはなしが、てんこ盛りにある。今回は父のエピソード。

中学生の時、先生になって2年目の担任に頬を平手打ちされたことがある。ぶたれた!と思った瞬間、クラス中の女子がどどっと押し寄せてきて、先生と私を取り囲んだ。そして、先生に四方八方から罵詈雑言を浴びせかけた。泣き出す女子もいた。私に代わってみんなでリアクションをしてくれたので、逆に茫然としてしまった。無感情だった。

 

フラフラと帰宅した。夜になって仕事が終わった母に、ぶたれたことを話した。話ながら、自分でも驚くほどボロボロと涙が出てきた。涙が止まらなかった。これまで見たこともない娘(しし座)の様子に、母(さそり座)はすぐに父(かに座)に言い、いつの間にか弟(うお座)も加わっていた。水のサインの見事な情感連携プレー。

 

父は、「明日から学校にいかなくていい」と言った。

 

え? 義務教育ですけど?

 

親公認で2日間休んだ。2日目の夕方に学年主任と担任が家にやってきて、30分ほど話して帰っていった。すぐに父に呼ばれて「明日から学校復帰なー」と告げられた。母から詳細を聞いた。その若い担任にも言い分はあったようだが、父が「(父の世代とは違い)殴られて教育されなかった人が、殴っていいわけない」と言ったら、顔を真っ赤にして詫びたそうだ。

 

かに座の身内を護る時の激しさは(反抗的ともいえるような)、この時の父の態度ではっきりとイメージできる。父とはベタベタした親しさはないが、この護ってくれた記憶が信頼のよりどころになっている。

 

月とすすき
月はかに座のルーラー。護る人の情感に寄り添う。

 

北形 兆(Kitakata chou)

 

Twitter:@kitakatachou13

 

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最近ホロっとしたおはなし

  • 2017.08.19 Saturday
  • 09:00

 

綾野こころ:テーマ「ホロっとするおはなし」

 

 

一年ぶりに会ったお友達の台詞。

 

両手の平を見つめて、グーパーしながら

 

「この手、もう50年も働いてるんだよ、すごくない?」

 

そんな言葉が彼女の口から出たことに新鮮な驚きを覚えた。

そのようなことを言うタイプだとは思っていなかったからだ。

 

木星期の人のゆったりとした穏やかさ。

子育ても一段落し、自分に向き合う時間が出てきた今だからなのだろう。

お互い、今のところ親も元気なので、ひとときの余裕なのかもしれない。

 

私はこの言葉に心が温まった。

そうだよな、私そういえば自分の肉体をゾンザイに扱ってきたかもしれない。

疲れたら寝る、とにかく寝る。

それはしてきたけれど(でないと翌日使いものにならない)、自分の体を慈しんでグルーミングしてきてはいない。

よく私の人生にここまで付き合ってくれたね、などとハンドクリームを心をこめて塗ってなどいない。

 

女同士の食事会はそれぞれの近況報告を散々言い合って、たいがいかみ合わない笑。

面白いようにみんな喋る。自分のことを。

 

でも今回の食事会は最後、「自分をもっと労わろう」ということでまとまり、解散となった。

 

あたりまえはあたりまえじゃない、いま手にしているものを見つめようとまたしても思ったコオロギの鳴く夜。

 

 

綾野こころ

Twitter

 

 

 

幸福とは口腹。あなたの甘味こそ幸せ!

  • 2017.08.18 Friday
  • 00:00

 

 

 

 

 

 

千載の彼方(あなた)の甘味よ

お前よりも美味しい甘味はない。

千載の彼方の甘味よ

もう、二度と味わえぬ遠い過去の、あるいは味わう事叶わぬ遠い未来の甘味よ

お前よりも旨いモノは、この地上に存在せぬ。

なんとなれば、彼方の甘味こそ、甘味のイデアであると同時に、完全に理想化された甘味であるからだ。

 

此の時遅く彼の時早く。

私の脳内で作られたセロトニンの99%は腸内に蓄えられ、腸内でも脳内と同量のセロトニンが作られるのであるから、人間の中心を通る原初の管こそ、地にしっかりと足のついた「しあわせ工場」に他ならない。

 

80億の人口が居れば80億の「しあわせ工場」がある。一切皆苦の人間世界も一皮剥がせば、それを陰から支えているのは「しあわせ工場」に他ならない。「全てが許されている」のは、「しあわせ工場」が地上の人間社会を下支えしているからだ。

 

もしも人類が地上の「くだ」らない規則を止めて、「管」と伝統に従うなら、技術革新のない代わりに幸福があるのかも知れない。幸福=口服=口説をわたしは唱えよう(

 

西洋占星術は春分点を中心にした世界観なので、基本的には、この「しあわせ工場」に素直に生きた場合の人間像を表す。しかし、現実の世界はグレゴリオ暦で運用されており、生来の人間のリズムとは異なる理性偏重、大脳偏重のリズムで生きている(グレゴリオ暦では正月≒冬至)。

この為、ホロスコープに示された、その人の幸福の在り処が、現実社会で本当にその人にとって幸福とは限らない場合が出てくる。本人にとってのしあわせでやりたい事が現実社会では無価値な場合も多々ある。故に、現実社会との間で上手くバランスを取らなければならないのだ。

 

千載の彼方(あなた)の甘味とは、千載の彼方の人類の幸福=口腹であり、千載の彼方の過去と、千載の彼方の未来の人類の、本来的にあり得ない幸福の形である。

 

それは、おそらく、ホロスコープに示された春分点を起点とする「しあわせ工場」に基づいた社会でのみ達成される。

 

千載の彼方の過去の幸福な社会とは、アダムとイブがまだ神の楽園で暮らしていた時代の幸福であり、千載の彼方の未来の幸福な社会とは、あなたが思い描く理想郷である。

そこでは、人々は一切の労働をしなくてよく、代わりに24時間自分の好きな事をして楽しく、快適に暮らしている世界を想像するかも知れない。

 

しかし、楽園の門の前には炎の車輪が陣取っていて、二度と戻れそうもないし、片や未来の方はと言えば、それは現在の延長線上にある。これ程までに科学が進歩して人間のする仕事がなくなっているのだから、遊んで暮らせる日はそう遠くないと思いたいところだが、AIに仕事を取られて失業の憂き目に遭う事を心配している様では、そんな世界は来そうもない。千載の彼方の甘味とは、この世には存在しないイデアとしての甘味である。

 

やれやれ、千載の彼方にすら幸福がないのであれば、無駄な努力はやめて、のんびりと漸進するのが好さそうだ。グレゴリオ暦のリズムから旧暦(正月≒立春)のリズムにシフトしてマッタリと生活しようか。

 

遠くへ行くのは疲れる。甘いモノを食べて休憩しながら、途中で花を摘みながら、旧暦のリズムでキャッキャウフフしながら行く旅は、それでもなかなかに楽しいに違いない。