海王星人の妄想述懐

  • 2017.06.22 Thursday
  • 00:00

 

 

 

洗い髪がベトベトして異変に気が付いた。

 

寝ぼけてトリートメントを洗い流し忘れたかな?

寝不足でボンヤリしていたので、ありそうな事だ。

 

再度、シャワーを浴びて髪の毛を洗い流したが、特にリンスやトリートメントは付いていなかった。バスタオルで拭いた後に触ってみると、湿った髪の毛はべた付いて水に塗れた粘土のよう。昨日まで、こんな事はなかったのに。

 

 

おかしい。

 

 

試しに、キッチンの水道から出した水へ指先を入れてみると、確かにベタベタする。人差し指と親指をくっ付けるとノリを付けた時みたいな粘性を感じる。これが大量に髪の毛に付着すれば、そりゃあ、髪の毛だってベタベタしようと言うもの。

 

これはおかしい。

水道水のトラブルだ!

 

大雨が数日間に渡って降り続いている最中だったから、その影響を疑った。

水源に何かあった?

いや、そこまでの災害ならニュースになっている。

とすると、マンション屋上にある貯水タンクに問題でも?

なら、私だけでなくマンションの住人全てに影響がある筈。

 

早速、着替えてマンションの管理人室へ。

しかし、そんなクレームは寄せられていないとのこと。

 

ネットで似たような事案を調べてみると、水道水がべた付くと言うクレームは意外にも多いらしい。

その殆どは深刻なものではなく、大概が使用者の気の所為と言うのが事業者の間での定見とか。

 

このベトベト感が気の所為!!

ここまでリアルにベトベトして気持ち悪いのに?

これが気の所為!?

 

全く信じがたい。

 

もう少し調べてみると、

今度は、集団ストーキングによる嫌がらせで、水道水に何か入れられてベトベトすると言う被害報告が大量に出てきた。

これらの愁訴は妄想なのか現実なのか?トーゴの身に起こっているのもコレなのか?

判断が付かない。

 

ならば可能性を1つずつ潰していくのみ。

業者に調べて貰う手筈を整え、疲れているのかも知れないから、その日は早めに就寝。

水道水がおかしくても私の頭がおかしくても、どちらにせよ、面倒な事になったものだ。ネットにある様な集団ストーキングだったらもっと厄介な事態に陥ってしまう。

そんな想いがグルグルと渦を巻き、なかなか寝付けなかった。

 

翌日はいつも通りに出社。

いつも通りに仕事をし、いつも通りにお昼を食べて、午後に備えて一息付いた。

トイレから戻って手を洗った時。我知らず「あ」っと短い声をあげた。

 

水道水がベトベトするではないか!

それも私の住んでいるマンションと全く同じに!

 

つい一人で大笑いしてしまった。

 

上京してまだ間もなかった頃のわたし。

東京の水は、わたしが育った地域に比べると、少し粘性があるのだなと納得した。

 

全くの笑い話だが、

このブログを書く為にホロスコープを見てみたら、蠍座が異様に強調されていた時期だったと知った。

当時、蠍座では木星合水星で、ネイタルの月にタイトなアスペクトを形成し、プレッシャーをかけていた。

 

新しい職場にまだ慣れてない頃で疲れが溜まっていたのだろう。未だに東京の水道水はベタベタすると感じるが、あの時程ではない。精神的疲労から、自分でも知らないうちに、神経がピリピリと研ぎ澄まされていたらしい。少しの変化にも敏感になっていた。

そこへ金星太陽火星合でイングレスすると、水星木星合で拡大された蠍座的泥沼な世界観が炸裂。妄想世界に迷い込んだような恐怖の一夜を味わう羽目になった。

 

原因が分からず煩悶した、あの夜感じた混沌とした恐怖。

当時は疲れて神経が参っていたからと解釈していたが、占星術を学んだ今は、あれこそ蠍座の真骨頂だったのではなかろうかと解釈している。

 

蠍座の恐ろしさを垣間見た大雨の一夜であった。

無政府主義こそ正統!

  • 2017.06.13 Tuesday
  • 00:00

 

 

魚座は優しいだけじゃない。

その背後には広大無辺な暗黒面もまた果てしなく広がっているのだ。

 

私の太陽と月が、その暗黒面に飲み込まれてしまうか否かは、海王星がどんな思想を拾ってくるかにかかっている。

如何にもライトセイバー振り回してそうな革新思想にウッカリかぶれようものなら、火星は暴走し、太陽はデラシネとなり、Ascも月も孤立して、人っ子一人いない虚無の世界を何年も何年も彷徨うダーク・サイドへ真っ逆さまだ。

世間一般でライト・サイドと思われている事柄は、意外にも、わたしにとってはフォースのダーク・サイドだったようだ。

 

「一度ダーク・サイドに足を踏み入れた者は、二度と戻って来れない」とヨーダは警告する。

だから、今のトーゴの方がダーク・サイドに落ちているのかも知れない。

 

その今のトーゴはバリバリのコンサバ。

この革命こそ正義な日本の平成の終わりに、否、革命や改革だけが無条件に善と受け取られる資本主義社会で、今時、保守派だなんて流行らない。流行ろう筈もない。

それ故に、わたしの反逆児な太陽軍団(Asc・月・太陽・火星・天王星)とコンサバティブな土星軍団(水星・金星・土星)とが、違和感なく一致したのだろう。                                   

 

 

今更だが、Asc魚座の闇は深い。

マネタリズムの合理的期待仮説なんぞではとてもとても。高等数学で煙に巻かれる程、魚座の混沌は易くないのだ。

 

たった一人、宇宙空間に放り出されたかのような不自然極まる孤立と孤独の旅路の末。遂に辿り着いたのが、古代思想だった。

 

「これだ!」

 

すぐに私の土星がピンと来た!

 

少し勉強すると、すぐにアーキーとアナーキーの認識の逆転を悟り、当時のわたしの太陽軍団、別名「ダダイズム軍団」は急激に方向転換。土星と轡を並べてコンサバティブ思想へ一直線。すっかり保守派の人になっちまった訳である。

 

 

だからと言って、トーゴを右翼の危ない人と結論付けるのは拙速と言うもの。

わたしが保守思想を好きになったのは、西洋占星術含めたスピリチュアル思想が切っ掛けなのだから。

 

スピリチュアル思想自体は、大昔からあったモノの考え方。そうした古い考え方を実践によって守ろうとし、場合によっては守る為に革新までするのが保守主義であるならば、これこそ、今の占星術師のスタンスそのモノではないか?

 

古くからある思想を受け継いで守っているのだから、或る意味、オーソドクシー(正統派)と言えなくないか?

正統な訳だが、昨今の世の中では、正統派の保守派である事は、同時に封建主義的(フューダリズム)と言うイメージがあるからか、良いイメージがない。悪くすると、アナーキスト(無政府主義者=原義では「秩序によらない支配体制を支持する人」)の烙印を押されてしまう。

これを端的に纏めて文章にすると、「オーソドクシーこそアナーキー」と言う暴言になる。

 

否、これを暴言と感じる事こそ、トーゴがフォースのダーク・サイドに飲み込まれている紛れもない証左なのかも知れないのだが…それは神の味噌汁。飲んでみなければ分からない。

 

 

読者諸賢が、フォースと共に在らんことを。

走れトーゴ!

  • 2017.06.06 Tuesday
  • 00:00

 

 

 

お天気は良い方がいいに決まっている。

特にジョギングに行く時は。

 

だが、過酷な状況を望む場合もある。

殊に自己超克の瞑想を行うならば…。

 

 

 

悪に染まっていく己が許せなかった。

罪を吸い罪を吐き、また罪を吸う。己の嫌悪がばら撒いた悪徳は必ずまた己に戻って来る。

そうと知りながら、天に唾する人格悲劇。憎しみの連鎖の上にこだまする怨嗟の螺旋。

自由・平等・博愛・合理。理性信仰は、この世をまるまるバイベロン(罪の街)へと変えてしまった。今では、誰一人、それを疑う者もなく、出ようと言う者もない。

 

だが、これこそ人の世と言うモノ。

神秘主義にかぶれ潔癖症をこじらせた愚か者は、現世に合わせようともせず、己を超出すべく過酷な瞑想行へと身を投げ出す。彼がイメージしたのは猛吹雪が吹き荒ぶ、マイナス20度の極寒の夜。

 

殆どない視界の先へ盲滅法に走り出す。

走っていれば寒さを感じずに済むが、服に覆われていない部位、特に両耳と両の拳は寒さを通り越して痛い。

 

静的瞑想よりも動的瞑想の方が向くと判断したのか、彼は実際に外へ走りに出た。

 

11月の末。

深夜。

Tシャツ一枚とは言え、東京は暖かい。

だが、脳内で作り出した幻覚に溺れる彼は、極寒の吹雪と戦っていた。

始めの一歩から全力疾走。

寒さと心肺機能のトレードオフ。

バイベロンの端を疾風の如く通り抜け、誰もいない森の中へ。

 

トーゴは走った。

死に物狂いで走った。

自裁するかの如くに走った。

瞑想世界でも現実世界でも、帰って来る事など思慮の外。

全速力で走った。

森の奥へ。

誰もいない森の奥へ。

 

街の喧騒とネオンは遠のき、ゴーゴーと唸る風の音。

視界一面の真っ白い雪。

一直線に走っていくが、行く当てはない。

 

心臓が破れても構わない。

そう覚悟を決めた死に物狂いの決死行。瞑想行。

一歩、また一歩と足を前へ。

前へ!

 

ただ足を前に出す事だけに集中する。

一歩出せたら、今度はもう一歩。

それが出せたら、さらにもう一歩。

今夜はどうしても限界を越えなければならない。

そして、もう一歩。

 

今の自分自身から逃げる様に。

大地を蹴る毎に、自分から逃れられるとでも言う様に。

一足毎に、肉の体から超出するかの如くに感じながら、

彼は走った。

 

突然、飛び出して来た車。

驚倒のあまり肉体意識に戻ってしまう。

早鐘の様に鳴る鼓動。リアルな現実の肉体。

怒りが爆発し、次の瞬間には、空から車を追いかけていた。

そう、空から!

 

我を忘れて夢を見ていた。

走りながら夢を見ていたのだ。

瞑想と言う一種の夢の途中で見た、夢の中でみる夢。

 

深いトランス状態の中、

夢と現実が入り交じり、夢が現に現が夢に。

此岸は彼岸に。彼岸は此岸に。

非我は自我に。自我は非我に。

彼はわたしに。わたしは彼に。

 

 

 

気が付くと、足を怪我して動けない。

刺すような吹雪に閉じ込められ、辺りには人っ子一人いない。

 

だが、わたしは戻る訳には行かない。戻りたくない。

元のわたしには断じて戻らない。

 

這うようにして雪の積もった山道を進んでいく。

 

遠くへ。

少しでも遠くへ。バイベロンから僅かでもいい。

遠くへ。

悪魔の笑い声さながらの風の音だけが不気味に響く。

 

 

 

凍える寸前。

また夢の中で夢を見ていたらしい。

気が付くと、わたしは全く見ず知らずの地に辿り着いていた。

いつの間に峠を越えたのだろう?

 

遂にやった!

元いた街、バイベロンから抜け出せたのだ!

自分自身を超出したのだ!

 

込み上げてくる喜びに、思わず見上げた視線の先。

雪を被った案内板の上にはこう記されていた。

 

WELCOME  TO  BABYLONE!」

 

 

 

 

数日後、わたしは本当に足を怪我した。

診断は肉離れであった。