La passione commuove la storia

  • 2017.07.17 Monday
  • 16:25

 

1995年に発売されたとあるゲーム。

 

中学生のときに初めてプレイしてから、これまでも、これからも、

わたしにとって、特別で大切な作品。

 

今生死ぬまで好きであろう絶対に色褪せない作品というのが、ゲームに限らずいくつかあって、

それぞれが順繰りに、なんらかの弾みでわたしにブームをもたらしてくる。

 

というわけで、今夢中になっているものは、このゲーム。

といっても、プレイしているわけではなく。

プレイ自体は、今でも数年に1度ほど定期的にやるけれど、今回は、違う。

 

ゲームの世界観のなかに、埋没する。ただひたすらに、想いを馳せる。

いま生きてるこの世界が、その世界観の体でいきる、とか、

傍から見れば、ただ椅子にじっと腰かけている人かもしれないが、

頭は向こうの世界へ行ってる、時にはそのまま寝落ちしたりする、とか。

 

空想世界の旅行してる。

別にこれは今に限ったことでもなく、普段からそんな風な感じで生きてるので、

夢中になっていること、というより、夢中になっている作品・世界観、といった方がしっくりくるか。

 

以前に終電にて降りる駅を寝過ごしてしまって、深夜、見知らぬ地へ放り出されたとき、

線路沿いに歩いていけば行けるんじゃないか?と、無謀にも歩いて帰宅したことがあります。遠かった〜。

甘くなかった。パンプスだったこともあって、2時間かかりました。家に着いたのは深夜3時すぎ。

無謀な深夜の散歩でしたけど、ゲームのフィールド曲をかける、たまにバトル曲にしたりしながら歩く。

そうすることで、まるでゲームのフィールドを歩いているかのような錯覚をおこさせる。

きつかったけど、まあまあ楽しめました。

 

このマインド、超使えますよ。

空想世界と仲良しの人は、よくやることかもしれませんけど。

 

 

久しぶりにブームをもたらしてくれた切欠。

その作品の曲が、オーケストラによって演奏されることが決まったこと。

 

ずっと、スクエニ作品が羨ましかった。あー羨ましかった。もう妬ましさすら覚えるほどに。

FF・ドラクエのようなビッグタイトルたちとは規模が違うからしょうがないのもわかるし、

あちら様の作品も好きだけど、こちらについては想い入れが違う。

 

それはもう、夢にまで見たプログラム。

10年どころの願いじゃない。

まさか本当に、あの曲を生オケで聴くことができるなんて。

今、それを想っただけで、涙出る震える。

 

それから、久しぶりにその作品の色々を引っ張り出し、ただひたすらに、

身を胸を焦がしながら、想い馳せ、溺れ、浮遊するように毎日を生きています。

 

 

幸せ。

 

もう死んでもいい、とは思わないけど、生きててよかった、悔いなし、と並ぶくらいの、気持ち。

 

たかがゲームと笑いながら、同時に恐怖する。

こんな些細な事が、魂揺さぶるほどの大きな引き金になりうることに。

 

事象に大小あれど、すべてに優劣・順番はない。

 

すべてが一等。

どんなに些細でも、価値は一等。

 

これは、時に無謀を呼ぶ。

だけど、その無謀が生むパワーは計り知れなくて、

爆発的な行動力や集中力を得られることもある。

それが、現実的な意味で、うまく作用すれば非常に有効。

 

常に、表裏一体、紙一重。

 

 

なんでもいいや。

とにかく好き。

死ぬほど好き。

 

以上。